夜高(よたか)祭り

毎年「田植え」が一段落したこの時期に、僕達の住んでいる「砺波地方」各地では「夜高祭り」が開催されます。そのトリを飾る「砺波夜高祭り」が6月第二金曜日、土曜日に行燈の出来栄えを競い、2日目には「突き合わせ」と呼んでいるぶつかり合いを楽しみます。

大行灯が寄る家は「特別な家」だけなので本当に光栄です

僕の町内は「寺島」という町内で、今回のお祭りとは別に開催していたのですが、諸般の事情で、今年は取りやめになり、隣の「鹿島・かのしま」地区のお祭りに参加させて頂けることになりました。わが家は、ちょうど両町内の境界に位置していて、道路向かいの倉庫は「鹿島地区」でもあり、縁あって、毎回、両町内の行灯を横付けして頂けるラッキーな立地です(笑)

「福野」は神事として。「庄川」「津沢」「出町」では五穀豊穣を願う「田祭り」として開催されます

行灯は大行灯と子供行灯があり、子供行灯で息子が記念撮影(笑)「鹿島地区」の行灯は、高速道路の高架をくぐる事ができないので、町内の練り歩きを1週間早めて行い、解体組み立てを経て、当日会場である出町地区へ向かいます。

大正時代より6月10日、11日に行われてきました。関係者の負担を考慮して金曜日、土曜日に改められました。

出発時には、まだ明るかったのですが、日が暮れるにつれて、行灯の明かりがはっきりと浮かび上がってきました。井桁に取り付けられた丸太を「練棒・ねりぼう」と呼んでいます。

将来の祭りの担い手ですね

行灯の前面では、子供たちが可愛い声で「ヨイやさー」と掛け声を出して引っ張ります

太鼓や笛も練習を重ねてきました

「行灯」の後方からは、太鼓を乗せた屋台と、囃子方が太鼓と笛を鳴らしながら後に続きます。主に、中高生と思しき方々が担当です!

「鹿島町内」は2014年(平成26年)より参加しています

踏切を越えると、町一番の繁華街「出町地区」の中心部です。にぎやかな歓声がここまで聞こえてきます!緊張してきました(笑)他町内の行灯の姿も見えます!

町へ入ると、他の町内の「夜高」が目に入ります。写真は「鍋島町内」の夜高です。夜高は「赤」が基調ですが、ピンクや紫も交じって、幻想的ですね!

友達や知り合いに会うと、とても嬉しいです

初日は、大行灯16基 小行灯3基が勢揃いして、来賓の方が出来栄えを採点するコンクールが開催されます。観客も見入っています!

写真は最優秀賞に該当する「砺波市長賞」を獲得した「新町」町内の夜高行灯です!発表の際の歓喜の叫びは、制作の苦労を考えると感慨深いです。

全てが誇らしく思えてきますね!

写真は「新富町」の屋台です。「夜高」だけでなく屋台も凝っていますね!

町内は「東」「西」「南北」に分けられ「行灯の向き」も決まっています。

2日目は「突き合わせ」と呼んでいる夜高同士を激しくぶつけ、壊し合うイベントがあります。対戦は、毎年決まっていて、大学スポーツの対抗戦のようです!会場は「北陸銀行前」と「富山第一銀行前」の2カ所あり「鹿島」は毎年「東町」と「木舟町」と対戦します。

小学生の頃は「どこの町内が強いか?」という話題で盛り上がりました(笑)

相手は「東町」です。マイクパフォーマンスも見ものです!

押し手の当事者だったので、ろくな写真が無いのですが、テレビで生中継もされています。「練棒」がぶつかり合う時や、押し合いの中で行灯が動くと、観客から大きな歓声が沸き起こります!

相手は「木舟町」です。「夜高節」とヨイやさーの掛け声で夜が更けます

行灯に「練棒」が当たって、ぎしぎしと音を立てています。「突き合わせ」は、すごい迫力の反面、大変危険で、今年は数名の負傷者が出てしまいました。突合せが終わると、お互いを讃え合い、来年の再開を誓って和やかに離れます。

「突き合わせ」は、まだ、市街地の道路が狭くて、すれ違いができなかった頃に、道を譲る、譲らないの争いから始まったと聞いています。「町内の意地」から始まったのですね(笑)

町内の結束はお祭りを通して培われるのですね!

すべての行事が終わって、公民館で慰労会。「夜高」のリーダーを「裁許・さいきょ」と呼んでいます。制作には多くの方々をまとめる力が必要で、制作は毎日深夜に及び、労苦は皆が知る所です。慰安会では、来年度の「裁許」とそれを助ける「副裁許2名」の発表があり、来年度に向けてまた新しいスタートです!

今回の経験はとても楽しいもので、できれば僕達の町内でも早く復活してくれたらいいなーと思います。お誘い頂いた「鹿島町内」の皆様には感謝感謝でした。